徳谷柿次郎のクラフトインターネット日記

大きな犬は”山で籠もる”ことを満たしてくれる

真冬の信濃町は空気が凛と澄んでいて、グリーンシーズンの色彩とはうってかわった美しさが日々押し寄せてくる。むしろ夏の濃い緑よりも変数が高いかもしれない。

時間帯、積雪の有無、快晴なのか曇りなのか。ここに曖昧で細やかなグラデーションが加わって、つい山の表情に目を奪われてしまう。年末年始は誰とも話さない日々が続いたんだけれど、「これが自然と暮らすことなのか」と非言語な感動の世界にひとり残されたような感覚に陥ってとてもよかった。

この気持ちよさに導いてくれたのは大きな犬の存在である。黒のラブラドールレトリバーは11ヶ月になって、体重は25キロを超えた。朝イチのうんこ3連発こと「トリプルウンチファイヤー期」を脱したのがとても大きい意味を持つ。

それまでは朝起きたら室内トイレからこぼれ落ちて、床にこびりついたうんこの掃除に小一時間要した。なぜそんなに時間がかかるのか? 寝起きの一発に風呂場で対応している間に、次の弾丸をいとも簡単に放出するからだ。耐えられない胃腸の短さと赤子ゆえの無邪気さがあいまって、次から次にリノベ直後の床を汚し続ける黒い悪魔……。

身体の成長とともに8ヶ月あたりから室内でもよおすことが激減した。単純に腸が長くなって我慢できる時間も増えたし、元来はキレイ好きな性格らしく、自分の空間を汚すことに抵抗があるのだろう。基本は外。土が絶対条件で、高確率で斜面を求める。野生の性分なのかもしれないが、都会のアスファルトではもよおせない贅沢なナチュラリストになってしまった。

おかげで朝と夕方の散歩がより欠かせない時間となっているが、この我慢に甘えてしまって初期段階では朝7時強制起床だったものの、ここ最近は9時ぐらいに起きることが多い。なんせ部屋が寒い。

羽毛ふとんはとても暖かくて気持ちよく、自由な会社をみずから構築したため、予定がなければ出勤せずとも気が済むまで睡魔を抱き寄せることができる。それでも、以前よりは朝が早いとは思う。どう考えても夜型のDNAなので、早起きハラスメントには頑固たる鉄の意志で中指を立てていきたい。

話が脱線した。この黒い悪魔こと大きな犬のおかげで、自然と触れ合う機会が圧倒的に増えた。雪が降って寒いこの時期に、わざわざ外を歩くことはほとんどしないものだが、強制的な散歩と美しい雪景色、そして自然のグラデーションに心を奪われてから楽しみになってきた自分がいる。

寒いからこそ散歩が捗るし、雪の上を楽しそうに走り回る犬の姿は非言語の癒やしといっていい。人間的な言語の癒やしはもはやほぼ存在しないと思っていて、接骨院と温泉ぐらいじゃないか。自分の口からこぼれ出る「あ”ぁ”ぁ”」は信頼できる。

今日は軽くジョギングをしながらの散歩に切り替えてみた。春先から40歳とは思えないもも上げダッシュを繰り返しているが、運動不足に陥りがちな冬の小走りは身体もほぐれてちょうどいい。冷たい空気を吸い続けると脳がハイになる。

小一時間の散歩後は思考がシャキッとするため、企画を考える編集業にも相性がいいはずだ。村上春樹が京都の鴨川で走っていると聞いたことがあるが、その気持ちが少しだけわかるもんなぁ。走りながら「今日は何を書こうかな」と、脳の余白が急に現れる。これが不思議でならない。家でだらだら過ごしているよりもメリハリが出るのだ。

遅く起きた昼前の散歩、そして陽が落ちる前にやらなければならない夕方の散歩。日常のタスクがここに集約される。もちろん家事もするし、雪が降れば除雪もする。それなりにZOOMのMTGも入るし、こうやって文章を書く時間も必要だ。するとあっという間に一日が終わるため、街に出てオフィス出勤する必要性が冬場は特に目減りする。むしろ山に籠もり続けたいと願う気持ちすらあるのだ。

明らかに生活のサイクルが変わったのは、この冬の気づきのひとつ。好奇心が自然の中での生活に集約されて、大きな発見を大きな犬が運んで来てくれたと言っていい。こうして、大きな犬と山で暮らすタイプのおじさんが一丁上がりなわけだ。次のステップは鶏を育てたり、ヤギに草を食ませて乳からチーズをつくることかもしれない。

アルプスの中年カキジ、あと数年で完成予定。

自著『おまえの俺をおしえてくれ』発売中

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