「いまサイトリニューアルしてるんだよね」
「もはやインターネットのインターが機能してないよね」
「プラットフォームに依存しないで、昔のテキストサイトみたいにリンク集で人を動かした方がいいんじゃない」
「やっぱり独自ドメインのブログはいいよ。何にも干渉されないし。自分のやりたいようにできる」
「なんかもう一周まわってインターネットにクラフト感が必要かも」
「それはもうクラフトインターネットだ」
「クラフトインターネット!!」
「めっちゃいいねそれ」
「うん、なんかよくわかんないけどいいよね」
新宿の喫茶店「ベルク」の端っこ。ヒラクくんとの雑談はいつもジャンプする。たとえツッコミとしての「クラフトインターネット」に爆笑する二人。近年のクラフト◯◯の流れには、”手触り感”、”特定少数”、”経済合理性からの脱却”みたいなものがあるんじゃないかと思っている。
そう、おれたちが愛したインターネットは死んだ。Twitterの終焉がハイライト。だが、あまりにも便利な環境を与えてくれた行き過ぎたプラットフォームに息苦しさを感じていたのは何年も前のような気がしてくる。SNSの相互監視と承認欲求、キャンセルカルチャーの激しさは、Netflix『ブラックミラー』で観た世界観そのもの。日本にも数年遅れでちゃんとやってきている。
どこまで強欲に繋がり続けるインターネット。懐古主義で過去を懐かしがっても仕方がないからこそ、囲まれすぎたシステムから一歩踏み出す姿勢が大事なんだろう。元々のインターネットを取り戻すことはできない。利害関係に距離を置いて、空虚なつながりに見切りをつけて、手の届く範囲で自分の信じる空間をつくる。これしかない。
とりあえずワードプレスで独自ドメイン「kakijiro.net」の個人ブログを作ってみた。
ダイナミック中道の矛盾人間として各SNSも使うし、noteはnoteで法人格の延長として切り分けてみたい。より自分の話はここに集約してみたい。ここにはアルゴリズムの意思は介在しない。おすすめの記事も出ない。もちろん広告もない。せめてもの抵抗でシェアボタンも全部外してみた。それでも結局、URLをコピペして各SNSに貼り付けてシェアすることになるだろう。
なぜなら、せっかく書いた文章を読んでほしいからだ。この欲求にはインターネット時代の編集者として抗えない欲求を抱えている。残念ながら閉じた環境で淡々と毎日書き続ける精神性は持ち合わせてない。それでもこのスペースに文章が残り続ける気持ちよさは、すでに感じている。
好きにいじれる土地を確保した感覚に近いような気がする。平屋の一軒家。犬がおしっこうんこしても文句を言われない。災害時にトイレが止まっても、自分の畑をスコップで掘り起こしてうんこを埋めてしまっても問題ない。種をまけば花が芽吹くし。めっちゃええやん。
それでもお隣さんに配慮しながら、集落として共存する意思と行動は求められる。友だちの独自ブログだけのリンク集を作れば、そこはひとつの村になりえるんじゃないか。足跡を履歴として解釈すれば、アクセスカウンターもBBSの機能も、より人間的なインターネットだったと解釈できるんじゃないか。20数年前、無我夢中で繋ぎ続けたインターネットの初期衝動を編集する頃合いなのかもしれない。
そこに誰もまだ言っていない「クラフトインターネット」の欠片みたいなものが転がっているはずだ。遊びで始めた概念が転がっていけば、立派な運動のひとつになりえる。民藝運動みたいにクラフトインターネット運動が生まれるかもしれないでしょう?
もし少しでも心が動いたら、まずはワードプレスを開いて独自ドメインと場所の名前を決めちゃおう。誰でもできる。10年前よりも便利になっていて驚いた。年始特有の新しいことを始めたい欲求を満たすには、充分すぎる”ちょうどよさ”だと思う。あとは継続して文章を書くのみ。いい仲間といい文章が集まれば、一冊の本になる。みんなの「クラフトインターネット」についての文章を読みたい!
新年あけましておめでとうございます。
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