出版イベントで福岡に飛んだ。キャリーケースに本をぎちぎちに詰め込んで。会場は何度か飲みに行かせてもらっていた福岡『ブックバーひつじが』で、店主のシモダヨウヘイさんは私の恩人であるシモダテツヤと本名である徳谷洋平の両方を包摂した名前だ。キメラなのかもしれない。たったそれだけでも馴染みやすさを感じてしまう。
イベント自体は定員15名を超えて満員御礼。小さなスペースならではのバイブスみたいなものは確実にあって、逆に大手書店の広大なスペースで話したときの空虚感はなんなんだろうな?といつも思う。どちらも役割と見出す価値はあるものの、空間とキャパシティ、そしてスライドの有無とマイク数、音響など、実はイベントの盛り上がりは変数がとても多い。
今回はマイクなし。スライドなし。打ち合わせなし。咄嗟の思考を差し出し合うフリースタイルセッションだった。前回の前橋『本屋 水紋』さんで話した”交換様式”を軸に話すことでトークの骨子みたいなものを獲得できるようになってきた。要は「お金」「時間」「感情」の交換をダイナミックにできる場所こそ、生のイベントなんじゃないかと思っている。出版イベントに宿るおもしろさみたいなものはここに詰まっていて、本を介したコミュニケーションとしては一級品の素養があるはずだ。
私はこの行為を信じている。やればやるほどに確信を持てたといっても過言ではない。今年の4月から約7ヶ月も続けているが、場の読み方や精度の設定も見えてきていて、これもまた身体性を伴った編集行為だと思う。やればやるほどに磨かれる。全国行脚の行商は、作家/編集者を行き来するための修行だと今後も捉えていきたい。
福岡から流れて今回は熊本へ。予定を決めない旅の醍醐味が詰まっていて、糸島に住む友人宅の新居にお邪魔して、ただ寝て起きて朝飯を食って帰るという”ユージンイン”をやらせてもらった。2歳児から「おいジジイ、チーズ食え」という謎コマンドをもらったのは一生モノの思い出だったと書き残しておきたい。メッセージが強すぎる。
2日目は熊本の玉名へ。幸福感に満ちたマーケットが開催されていて、年一回のタイミングに巡り会えたのだった。ケトル日野さん、青木純さんという先輩プレイヤーに誘われてたどり着いた場所は、ひとつの楽園だった。ローカルにおける表現が柔らかく実っていて、よそ者として収穫させてもらった感覚がある。熊本はすごいことになっている。食のアウトプットがまた違う次元にいるように思えたのは、九州という豊かな食の土壌に対して、海外や国内の感性が持ち込まれ磨き続けられた過程なのかもしれない。
そのあとは福岡に戻って久留米へ。『MINOU BOOKS』『茶番』『BOAT』といった街のコミュニティを支え育てる機能に紛れ込んでみた。どのお店もすばらしい。小さなエリアに本屋、コーヒー、カルチャーショップがある。これだけでも充分だなと思える。次は泊まりで来たい。『MINOU BOOKS』さんは選書と店の作りが最高だったので、福岡との距離感や書店の立ち位置について取材したいので必ず再訪するだろう。名物は焼き鳥、久留米ラーメン、餃子。夜がとても長そうだ。
ここで福岡に戻るか。熊本に流れるか。二択の中でドーミーインが安くて良い熊本を選択。本屋挨拶もできそうなので新幹線に飛び乗って、ドーミーインで湯通しをした後に日野さんと初サシ飲み。お互いに全国あちこち移動しているため、サシはなかなか叶わない。エアポケットみたいな夜が生まれることで良い飲み会に至るパターンだった。
翌日昼からは編集/カメラマンの大塚さんと合流。忙しいなか車を出してもらって『古本と新刊 scene』『my chair books』へ。短い時間だったが、熊本の本屋シーンを覗けてよかった。レジェンドの『橙書店』はお休み。熊本のお店は週末が元気らしく、金曜入りするのが理想なんだなと教えてもらった。
以前からお会いしたかった熊本ローカルの雄・佐藤かつあきさんにもご挨拶できた。とても温和で朗らかなすばらしい人だった。愛犬のもちも激かわ。普段、30キロの真っ黒ラブラドールと暮らしているため、2キロの真っ白犬の愛くるしさたるや。隣の芝生はとても青い。真反対の犬も以前よりも輝いて見えた。このロジックでいえば、家に戻ってでかい愛犬もまた最高だと感じることだろう。
いま福岡空港でこの日記を書いているが、チェックインで衝撃な誤認が発覚した。そもそも今回の旅は2泊3日の予定だったが、一週間前にメールを確認したら3泊前提でチケットを取っていたことに気づく。おかしいなと思いながらも、取ってしまったものは仕方がない。変更不可のリーズナブルなチケットだったし、本を売りに行くのであれば経費は極力抑えたい。福岡市内のホテルがEXILEライブのせいで3万円近くしていたのも、ユージンインのおかげでなんとか回避していたのだから尚更だ。
しかし、空港のカウンターでチェックインをしたら「お客様、チケットが昨日のものですが…」と言われてしまった。不思議なことが起こるものである。当初の2泊3日が正しかったのだ。誤認に続く誤認。「なんだ3泊もあるのか。つまり福岡の出版イベント以降、2日間はフリーだ!熊本にいこう!」が事の顛末であり、余剰の自由を満喫していたのだから。
合間に話題の映画『旅の日々』を熊本のミニシアター『denkikan』で観られたのは、とても贅沢な時間だった。旅の価値は言葉から離れて、身体で感じるものである。88分の上映時間の後押しと時間の余裕がこの体験を旅先で生んでくれたことに感謝。旅先の映画と髪を切る時間は今後の人生でも隙あらば狙っていきたい。
その費用が当日フライトの片道4万6000円。高いのか安いのか。お金のない20代であれば膝から崩れ落ちて、この行いを悔い改めるのかもしれないが、43歳経営者の私は日記を書くことでさらに気持ちを鎮めて、価値の回収をしている。ゆるゆるのコスト意識と過剰で非合理な行商の旅はまだまだこれからも続く。少なくとも50歳まではやるつもりだ。
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