今日で2025年の半分が過ぎて、残り半年をどう過ごしていけばいいのか考えてしまう。同時に森道とLAMP FESが終わると一年が終わってしまった感覚すらある。山奥の信濃町だからこそ。四季の移り変わりで得られる哀愁がとても強い。
5月末の森道市場、6月末のLAMP FESが終わった。今年は書籍のイベントツアーをどんどん企画しているため、合間に出版イベント→週末のイベント出店に追い込まれながら、未知の子育てと止められぬ畑作業に忙殺されている。パソコンを触る時間は激減しつつもなんとかまわっているのは、本気と書いてマジの”飲む時間”が減ったことに尽きそうだ。
7月のグリーンシーズンはとても気持ち良いんだけれど、夏休みが終わるともう秋の幕開け。LAMPは四季のコンテンツを3〜4ヶ月前ぐらいから予約開始する流れがあって、あまりにも早くLINEアカウントで四季を先取りするため、「え、もう夏が終わる?」と脳が錯覚してしまうのである。哀愁がすごい。
つまりもう私の感覚は夏が終わりつつあって、秋のきのこ狩りを予約して「あの人とあの人を誘おうか」と未来に片足つっこんだ思考に飛んでしまうのだ。そして42歳。娘は8ヶ月。現代すぎる年齢差ではあるが、自分自身の老いが加速している最中に、娘の急成長に一喜一憂する矛盾したベンジャミン・バトン状態になっているのかもしれない。
腰が座ってハイハイまであと一歩。生の輝きに心を奪われ続ける日々なのだが、鏡を見るともみあげに白髪が一本初お披露目していた。ギャップがすごい。ヒゲ、鼻毛、もみあげ。とりあえず1本出てきたが、下の毛に3本ぐらい生えてきたら白旗をあげたい。それまではそれからが、本当の中年の始まりとして受け止めたいと思う。
まぁ、こうして死んでいくのもぜんぜん悪くない。だからこそ、思いついたことは全部形にしていっていきたいなと心の奥底の奥から叫んでいる。だから実行する。流れを作る。考えて考えて準備する。衝動を糧にすれば時間との向き合い方も変わってくるだろう。
というわけで今年の次なる一手は、小さな本屋。器としての最小複合施設。たぶん秋口までにはオープンしているはず。店名は本屋がなくなってしまった田舎町に本が来るから『本来』です。
小さく頑張るぞ。
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