徳谷柿次郎のクラフトインターネット日記

2024年のピーク(頂)を乗り越えた俺は偉い

第二やってこ期を迎えている。

前回は起業、移住、シンカイ、全国行脚、BAMP&Gyoppyを同時期にこなした2015年〜2018年だと認識している。

精神は崩壊し、深夜まで酒を飲み交わし、各地でいい顔をしていた。利己よりも利他。追い込まれた人間が放つ殺気とエネルギーは良くも悪くも、いろんな人を巻き込む結果となった。

合間に家づくりやってこ&本づくりやってこも挟んでいるが、主体性のある自己実現みたいなもの。大変は大変だったが、いまの自分を支える必要なアウトプットだったので、どっちかというと「やる!」に近い。やってこの上位概念でもある。

今回はかなり毛色が違う。地に足ついた状態での引き合いと挑戦。やらなくてもいいけれど、せっかくだからやってまえの姿勢と言っていいだろう。7月あたりからずっと走り続けている。

結局、夏休みを取らないままの店舗立ち上げとオープン。信濃町に根を下ろして立ち止まってしまった心身のバランスからの全国行脚は足取りが重い。冷静になってしまった状態で「やってこ!」は技術とケアが欠かせない。しかし、ケアとして通っている接骨院の痛みを感じるたびに「おれの身体は悲鳴をあげているな」と悟り、腰を抑え、ビートたけしみたいに首をひねらざるをえないのだ。

そしてラストスパートのグランドオープン(10/19-20)、伊勢出張(10/21-22)、LAMPきのこ狩り(10/23)をやりきった。話した人間の量と問われる言葉の角度。疲労困憊の脳に与える負担はなかなかにすごいはずだ。

持ち前のサービス精神ですべて乗り切れるが、伊勢の深夜バスケがとどめを刺す。15年ぶりの試合設定ありのバスケ。前回は強いパスで手首を痛めて、通い始めたブラジリアン柔術のジムに行けなくなるほどだった。その後、12ヶ月も幽霊部員で会費を払い続けたのは己の弱さがぜんぶ詰まっている。悲しい。類まれなフィジカルがほしい。

無理をして日々生きている。無理をするのが趣味なのかもしれない。おれが木材だったらとっくのとうに摩耗し、角が削り取られ、30年後に民芸品となっている可能性が高いと思う。意味のわからない例えだが、人と相対するというのは己を磨く行為だと捉えたら、とんでもないスピードでおれという素材は変化しているのだ。

それでも、一度も熱を出していない。風邪をひききっていない。疲れた状態の満員電車と人混みが”都会風邪の元凶”だと思っているので、田舎町の生活はそのリスクがグンと下がる。それでも気合と根性と責任をカンフル剤にしつつ、温泉と接骨院と食事でケアをすれば、追い込みながら走り続けられる術をここ10年で身につけたんだろう。ひとつ誇れることなのかもしれない。

2024年のピークはここにある。伊勢イベントで販売した自著のサインで「心配すな、でも安心すな、そして油断すな」と座右の銘(改)を書いてみたが、いままさに自分にその刃が向いている。ここで油断してはならない。思いつきの責任とクライアントワークは待ってくれないし、黒ラブの散歩は一日2回必要だ。

わかった、わかった。みなまで言うな。心配なのはわかるけれど、おれはおれのことを一番メタ認知している。ひとりで生きることはできないけれど、ひとりで生きるぐらいの経験がおれにはある。

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